僧の言箱
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ここでは拙著『 煩悩フリーの働き方。』のうち一章「仕事の悩み寺子屋」部分に該当するボツ原稿を、掲載しております。 口述したものをそのまま速記していただいた段階でありますので、誤字等もあろうかと思われますけれども、それもお愛嬌と思し召されますように。


仕事ニ誇リガ持テヌコト




● 清掃業に携わっているのですが、辞めたくてしかたありません。職場環境もよくないですし、やりがいも感じられません。
○ 実は、そのように仰せになられますのは、大いなる勘違いでありまして、清掃業ほど心のもちようさえ変化させますならば、やりがいを感じやすい職業は存在しないほど、と申せましょう。

この職業の社会的評価が高くありませんことや、汚いからイヤだ、と感じられてしまうかもしれませんけれども、そのような脳内での考え事にとらわれずに、実際にお仕事で取り組まれている内容にしっかりとした目を向けてみますならば、いかにご自身のお仕事が有意義なものであるかは、おのずから理解されるはずです。

と申しますのは、トイレを掃除いたします際に、作業したぶんだけ確実にその瞬間その瞬間に汚れたものが綺麗になっていくことを実感することができますでしょう。自分のやっていますことの成果がいまいち見えにくいこの世の中において、トイレの汚れが綺麗になることにせよ、廊下に落ちたゴミが片づけられてピカピカになることにせよ、その都度その都度自分の仕事の成果が目に見える仕事ほど、喜びを感じやすいものはありません。

そのうえ、掃除の作業は単純な身体動作の繰り返しによって全身を使って行なうことができます。そのような単純な動作の反復は、とても心を集中しやすいものです。あまりにも複雑な作業を前にすると、心は散乱して、何に集中したらよいかわからなくなってしまいがちなものなのですが、モップをもつ際の腕の筋肉を前後させる感覚の繰り返しでありますとか、あるいは清掃機械を真っ直ぐ押していく際の筋肉の緊張ですとか、そういったシンプルな感覚には心をぐっとつなぎとめやすいものです。汚いですとか、つまらない、などというのはこういった現実を無視して心を脳内に引きこもらせてしまうから、起こる現象にすぎません。

また、今の世の中では、自分の仕事が一体誰のために役に立っているのか、ということがとても実感しにくくなっております。他人様の欲望を刺激して無駄遣いをさせたり、あまつさえ他人様に迷惑をかけたりすることで成り立っている仕事はあまりにも多いのです。そういったなかで、掃除という仕事ほど、見えないところでありとあらゆる人にとって役に立っているものはありません。

もしも、ゴミの回収業者の機能が一ヵ月にわたってなりとも停止したといたしましたら、都会の道路はゴミの山と化して、生ゴミの悪臭によって充たされることでしょう。

2008年のはじめ、イタリアのナポリで、行政がゴミの回収をできなくなって、業務を停止いたしましたところ、歴史あるナポリの町の道路の両脇にはゴミがうず高く積まれることになったそうです。そして、それは景観を損なうことにとどまることはありません。市民がイライラして、ゴミに火をつけて火事が起こるですとか、という形で一種の暴動にすら発展してしまったそうです。

わたくしたち現代人は、偉そうな顔をして文明人気取りでいるのですけれども、ゴミの処理ひとつ自分ではすることができず、それを誰か他人にやってもらっていることではじめて精神的な安定を保っているのだと申せましょう。その証拠に、自分たちが出した汚れやゴミであるにもかかわらず、それを他人が肩代わりしてくれなくなった瞬間に、「文明人」の化けの皮がはがれてものすごい怒りのエネルギーが湧き上がってくるのですから。

申しますなら、ゴミ処理業の職についておられる方は、世界の人々が文明人気取りをして穏やかな気持ちで生活を営むための基礎的な条件を支えてあげている、すこぶる重要なお仕事でもあるのです。

にもかかわらず、この職業の社会的評価が低いことは、好ましいことではありません。実際、「清掃業の仕事を軽蔑しますか」と質問されたら、十人中十人が首を横に振って「いいえ、清掃業は立派な仕事だと思います」などとよい子ぶって仰せになりますでしょうけれども、残念ながら実際は誰しも、自分は掃除なんていう汚れ仕事はしたくないし、そういう職業は、いわゆる負け組やる仕事だ、などと思いあがっているものなのです。しかしながら、そのような周囲の考えは、先ほど述べましたような厳然たる事実を無視した脳内妄想にすぎません。他人の脳内妄想に巻き込まれて、自分自身もこの仕事はよくない仕事だ、と脳内妄想を始めてしまってはなりません。

一瞬一瞬確実に目の前が綺麗になっていくその成果を、その都度その都度味わえますことが、一つ目の事実。

シンプルな身体動作の反復に、心を集中させるように努めて、考え事をストップしてしまいさえいたしますなら、心と身体がぴったり連動いたしますから、フレッシュな充実感が得られますことが、二つ目の事実。

世間の人々が、意識していないだけのことで、実際は現代社会の生活を土台から支えているような職業だということが、三つ目の事実。

これらの事実をその都度その都度噛み締めながら、誇りをもって仕事を続けられてくださいましたらと思う次第です。


● カウンセラーの仕事をしています。思うような効果が出ないとイライラしますが、向いていないのでしょうか。
○ もしもあなたが、クライアントの心を支配したいと考えていらっしゃるのであれば、決してカウンセリングはうまくゆきません。残念なことに、思うような効果があがらないでイライラしてしまいますのは、翻訳いたしますなら、相手の心を支配したいのに自分の思い通りに相手を洗脳できずに悔しくなって慢(プライド)の煩悩が爆発してしまっているのです。

大変皮肉なことなのですけれども、なぜそのカウンセリングが思い通りに行かず、失敗してしまったのかと申すならば、こちらが相手を自分の思い通りにコントロールして「こんなにあなたを思い通りにできちゃう私って、立派な人間だものねッ」という鼻持ちならない煩悩が心の裏にうごめいていましたからこそ、そのよこしまな心の波動が相手にも伝わり、理想的なカウンセリング・コミュニケーションが成り立たなくなってしまったからなのです。

そのように考えますと、カウンセラーという職業ほど相手をこうさせたい、うまくいきたくてしようがない、といったうずうずした欲望を抑えて、心をからっぽ、すなわち無我の空(くう)の状態に近づけておくことが重要な職業もないことでしょう。

カウンセラーに求められる技能といたしましては、徹底的に自らの個人的な煩悩エネルギーを薄めて、相手の心のほとばしるエネルギーに耳を傾けることが肝要であるのは申すまでもありません。その際、自分のああしたい、こうしたいという支配欲求は文字通り雑な思いたる雑念でありまして、心の波を乱れさせますから、相手の話へとしっかり意識を集中して、聞くことに没頭することはできなくなりますでしょう。

「聞く」という行為は、何も音を聞くだけではなく、相手の話す内容に応じて顔に皺がよったり、うそっぽい笑顔が浮かんだり、声色が変化したり、身体を動かしたり、呼吸が乱れたりしつづける、その一挙手一投足を注意深く見守る。それは、すべてを受け止めることにほかなりません。プライドの煩悩などに汚染されてしまっている、ふらつきやすい心では、勤まらないのです。

そのような雑念をもってクライアントに相対しましても、相手は受け入れてもらえている、という基礎的な、あるいは本能的な信頼感をもつことができなくなります。のちの章で述べますような、心から雑念の煩悩エネルギーを払って意識を研ぎ澄ます作法を手習いしていただきますのが、そういったちっぽけな執着から離れて、結果として思うような効果が出やすくなる近道であると申しおくことといたしましょう。



ヤル気 ノ カラクリ


- - - この項目はボツではなく本書の中に収録されていますものの、いくつかのポイントが削られて短くなってしまっていますので、ここに採録しておくことといたしましょう。

●仕事にやる気が出ません。毎日が苦痛です……。
○やる気がでない、というのはしばしばエネルギーがなくなってしまっていること、のようにイメージされるかもしれませんけれど、それは誤っています。

そうではなくて、目の前にある今やらなければならないことに対して、「ああイヤだ、やりたくありませんよ」という怒りのエネルギーが活性化しているということなのです。エネルギーがないのではなくて、ネガティブなエネルギーが大量に暴れまわっておりますために、心があまりにも暗い状態になって、スイッチを入れることができなくなっている状態です。

いろいろなことに対して、あまりに無関心だったり、まったく興味をもてない、というようなお方がおられますけれど、それもまたいろいろな物事に対する怒りの煩悩エネルギーが溜まりすぎました結果、ありとあらゆるものを無視する、というネガティブな心の状態になっている結果なのだと申さねばなりません。

最初からいきなり話が脱線してしまいましたから、仕事へのやる気の文脈に戻ります。やる気を継続することにつきましては、次章で詳細に述べますけれど、この場ではひとまずやる気が出なくなってしまったときの解決法に限定して簡単に触れる程度にとどめておきましょう。

何の根拠もなく、いきなりやる気がブレークダウンするということは、決してありえないことです。前々から着実に「イヤだなあ」という小さな火種が溜まりつづけて、あるときそのたまりにたまった怒りの煩悩エネルギーがゲージを振り切ってしまいましたときに、「やる気がしない」という状態が発生するのです。その仕事にまつわってある日、同僚が机の上に大量のサボテンを育てているのが目に入り、「職場は遊び場じゃないんだから、サボテンなんて家で育てるべきでしょう」と心の中で怒りの煩悩を燃やしたといたしましたら、そのぶんだけ潜在的に、そのネガティブ思考ゆえに、やる気をなくさせるエネルギーは増加しています。

あるいはある日、ご自身のプロジェクトが成功したことを祝って、その同僚がサボテンの鉢を一個くださったとして、「私がサボテンを嫌いなことを知らないでこんなものを寄越すなんて、気の利かない人ですよ」とネガティブなことを考えたといたしましたら、やはり仕事に取り組むためのやる気を破壊するエネルギーのゲージが上昇します。

あるいは、本当は同僚のアイディアであったはずのものを、多少改良して自分自身のアイディアとして提出したものが成功したといたしましょう。心は「その相手がいやな気分をしているだろうなあ」ということを思って、やはり暗いネガティブな気持ちがどこかに湧いてきますし、そのアイディアは同僚から盗んだものである、ということが周囲にばれて非難されはしないだろうか、と戦々恐々とした気分になってしまうかもしれませんから、やはりやる気を失わせる毒のエネルギーを増やすことにつながります。

いちいち例をあげているときりがありませんけれど、その仕事にまつわってどんな種類の煩悩であっても、煩悩を作れば作りますほどに、ネガティブなエネルギーのゲージが少しずつ上がっていき、あるとき急にうんざりしてしまうのです。

欲望や怒りのエネルギーがないと、頑張れないと勘違いしている人が多すぎるのですけれど、現代的な申し方をいたしますならば、そういった煩悩によって仕事をいたしますと、身体をアドレナリンのような刺激的な生科学物質によって刺激することになりますから、一瞬だけやる気が出ましても、あとでドッと疲れてしまうものなのです。周知のように、アドレナリンという生化学的物質は、毒物ですから、一瞬だけ身体をびっくりさせて、行動へと駆り立てはいたしますけれども、身体には文字通り毒のダメージを与えて、強いストレスを感じさせることにしかならない、ということを知っておかなければなりません。

ですから、やる気を高い水準に維持しつづけますには、煩悩のエネルギーに頼らずに仕事に取り組むというある種の高潔な姿勢が必要になってまいります。ともあれ、今はそういった煩悩のエネルギーを溜め込みすぎてしまったせいで、やる気が出なくなってしまった場合はどうすればよいかということを、考えておくにとどめましょう。

やる気が出なくなってしまった場合、多くのお方が大量の煩悩によって心のセンサーあるいは心のアンテナとでも申すべきものが、完全に狂ってしまっています。完全に狂ってしまっていますから、その状態でご自身が直感的に求めるものに手を出してしまっては、たいてい誤った選択肢を選んでしまうような羽目になります。「やる気がしないから浴びるほど酒でも飲んでみようか」「やる気がしないから、豪華な料理を苦しくなるまで食べてみようか」「やる気がしないから、出会い系サイトにでもアクセスしてみようか」「やる気がしないから、ギャンブルにでも行ってみようか」

そのような一時的な気晴らしが、やる気を回復させますことに役立つとは誤解されがちなのですけれども、実際はそういった気晴らしは役立ちません。一時的な快楽を心の表面に押し付けることによりまして、そこに活性化していた怒りのエネルギーに上から蓋をすることはできます。それによって、ごく一時的にのみ、「イヤだイヤだ」というエネルギーを感じないですむことは可能なのですけれど、それはそのネガティブなエネルギーを解消したことにはなりません。

気晴らしの快楽は、ごく一時的なものにすぎませんから、やがて心の表面から消えていき、そうすると「やりたくない」に蓋をしていたものが消えますから、再び「やりたくない」が浮かび上がってきて、襲いかかってきます。ですから、ほんのしばらくの間だけ、やる気が回復したようなフリをすることは、可能なのですけれども、しばらくすると再びやる気は失われる、という安定性の乏しい人格を形成することにつながります。

そのうえ、気晴らしの快楽をいたしますと、心の裏側には次のようなからくりが働いてしまいます。

仕事自体に対して発生しているネガティブなエネルギーの総量によって「イヤだなあ」と感じる苦の度合いと、気晴らしをしているときの楽の度合いとの間に、激しいギャップが生まれますから、心にはその気晴らしをすることによって生じている楽と比べて仕事の苦は多すぎるから仕事なんてやりたくありませんよ」というネガティブな条件づけが見えないところで生まれるのです。そのような条件付けに負けてしまいますと、仮に仕事に取り組もうとしても、常に「これは楽しくないもの」「楽しいものはこれとは別にある」という思い込みがより強くなりますから、実は仕事によって感じるストレスがより強いものになってしまう道理です。

そういうわけですから、やる気の出ませんときは、刺激の強すぎる快楽に身をゆだねることを極力さけなければなりません。刺激的なものの特徴は、心と身体がバラバラになってしまうところにあります。混乱しているときほど、さらに心と身体をバラバラにして、煩悩を増やすような選択肢をとってしまいがちのようですけれども、同じ気晴らしでもちぐはぐになってしまっている心と身体を一致させて騒ぎ立てている煩悩を鎮めることができるようなタイプの気晴らしを選ぶことができましたら、大変賢明なことです。

人の性格や特性に応じて、さまざまな方法があるかとは思いますけれど、簡単に思いつきますものをいくつかここに列挙しておきましょう。

心は動いている部分へと留まりやすい性質をもっていますから、身体を積極的に動かすことは大切です。そして、複雑な作業よりは、単純な反復動作のようなものが心が集中して留まりやすくなりますから、結構です。ですから、スポーツ、一定範囲を行ったり来たりする散歩やジョギング、掃除や食器の洗い物、洗濯物を干す。

そういった行為のシンプルな動作に向かってできるだけ心を集中して、心と身体をピッタリと一致させるように努めますこと。それをしばらく続けておられましたら、気づいたときには心の表面から煩悩の乱れがある程度なぎ払われ,薄まっているはずですから、心持ちはすがすがしく、再び仕事に打ち込み直そうとという心持ちになりやすいはずです。なかでも、部屋や台所が散らかっていたり、洗濯物が溜まっていたりいたしますと、それを見るたびに微妙に心が乱れたり、いやな気分になったりするでしょうから、その都度その都度やる気を損なうエネルギーが蓄積されもいたします。そういう観点から申しますと、掃除や皿洗いや洗濯物干しなどは、やる気を損なわせる原因を減らすことにもつながりますゆえに、確実に綺麗になっていく喜びをも味わうことができますから、大変お薦めです。

もしずっと仕事をやり通しでしたら、掃除や洗濯をするチャンスすらなかったといたしましたら、やる気がなくなってしまったのは「掃除をするチャンスですよ」といった程度に気楽にとらえておいていただきたいものです。

また、心の背景に、知らず知らずのうちにこういった怒りの煩悩エネルギーを溜め込んでしまう要素が存在いたします。

「あれをやらなければいけないのに、まだやっていなかったなあ」と思わされるような未解決の物事がありましたら、折に触れて思い出したら、それが心をチクチクと突き刺しますから、やはりやる気を損なわせるエネルギーとしてはたらくのであります。

それは、日常生活の中でしたら「借りたお金を返していない」ですとか「ボタンが外れた服のボタンつけをしようと思っていたのに、まだやっていない」ですとか、「今シーズンの服をクリーニングに出そうと思っていたのに、忘れつづけている」ですとか「林檎の木になっている実に紙袋をかぶせに田舎まで手伝いに行く、と約束していたのに時間をとることができず約束が果たせていない」ですとか、そういったありとあらゆることをさします。

そのどれもがご自身が心の表面的な部分では忘れたつもりでおられましても、心の見えない部分で「ああまだやっていない。面倒だなあ」と刻一刻とうずきつづけますから、まったく見えないところでネガティブなエネルギーを増やしつづけるのです。

あるいは、仕事そのものの文脈で申しますならば、「本来やるべき仕事を面倒なので後回しにしてしまっている」ですとか、「自分の苦手な取引先からの仕事上の連絡にたいして、腰が引けてしまい、返事が出せていないのだけれども、そろそろいい加減に返事をしないとどう考えてもまずい」ということですとか、「取引先に著しい迷惑をかけてしまった場合、何としてでも謝りにいかなければという気持ちは一方にありますものの、相手から癇癪玉を喰らうのがこわいばかりに、いつまでも後回しにしてしまいますせいで、『ああ、こんなに時間が経ってから誤りに行っても何を今更来やがったのですか、と思われそうで行く気になれない』としり込みしてしまいますとか、こういった既にやるべき順番が本来ならば回ってきているはずでありますのに、やらないでおいてしまっておりますことは、常にうすぼんやりとした気がかりな暗雲のようなものとして心の底に垂れ込めつづけます。

もしも、仕事の能率が落ちていたり、やる気がいまいち引き出せなくなっているように感じられるといたしましたならば、その理由は何かしらやるべきことをきちんと済ませていないことかもしれません。それは、欲望に流されて本来そのときにやるべきことをないがしろにして、目先の楽なこと、気持ちのよいことのほうを優先してしまった報いであると、申せましょう。やる気を維持いたしますためには、そのようにやりたいことを優先するのではなく、その場でやるべきことを優先しなければならないのです。

ともあれ、そういった優先順位を入れ替えてしまったせいで、元気が出なくなってしまっているのかもしれませんから、そういったときはやらずに済ませておいてしまったものを、一つひとつ紙に書き出し、リストアップしてみてください。そしてそれを、やりたくなく憂鬱な気分がするもの、の順に順位をつけてみましょう。それらのうち、一位にランキングする一番いやなものに、まずは取り組んでみてください。それを終えることができましたら、心に引っかかっていたネガティブな針が抜けますから、随分心が軽快になっていることが感じられるはずです。そうやって軽快になった心をもって、二番目にランクインしたものを誠実に取り組んで片付けるのです。そのようにして片っ端から気がかりなものを片付けおえましたら、心の密かな不安要因は大幅に取り除かれますから、再び目の前の仕事に対してすこぶるスッキリとした気持ちで打ち込むことができるようになっていることでしょう。

もう一つの側面を付け加えますと、そのタイミング、タイミングにおいて、やるべきことを自らの好き嫌いに流されてやらないで済ましてしまいますと、「私はやるべきことをできない、だらしのない人間ですよ」という印象が心のどこかに生じますから、自らの誇りが失われます。ところがある意味期限切れになっていました「やるべき事」たちは、一つひとつ確実に仕上げますことは借金を完全に返済していくような作業とも申せましょうけれど、借金を完全に返しおえた人が満面の笑みを浮かべることができるでありましょうことと同様に、「自分はやるべきことをきちんと遂行できたのだ」というよい意味での自信をもつこともできるのです。


対人ナル悩マシサ




●私の上司は、面倒な仕事は全部私に押し付けます。何もしないのに、文句だけは言って偉そうにするので、腹が立ってなりません。
○その上司は、面倒な仕事を周りの人間に均等に押し付ける、ということはありませんでしょう。よりによって、どうしてあなたがターゲットになってしまうのかを、少し考えて見ましょう。

それからもうひとつ考えてみたいポイントは、ひょっとしたらあなた以外にも面倒な仕事を押し付けられているお方はいらっしゃるかもしれませんけれど、その人たちもあなたとまったく同じレベルで腹を立てているとは限らない、ということです。

それは、明らかにあまたにつけこむ隙があるからこそ、面倒な仕事があなたに降りかかってくるのです。そしてそのようなつけこむ隙、あるいは「こいつに押し付けて苦しめてやろう」などと相手に思わせてしまいますのは、やはりこちらの煩悩の波動がまがまがしい形で上司の汚れた煩悩の波動とある意味仲良くなって引き寄せ合っているからほかありません。ですから、みずからの心の反動パターン、すなわち自らの心を占領しつづけている習慣性のある中毒性のある煩悩エネルギーを解毒いたしませんことには、そのイヤな状況を永遠に引き寄せつづけます。そのように、腹を立てられますこと自体が、今まであなたが怒りの煩悩エネルギーに中毒になりつづけてきたからでありますし、まさにそれゆえに上司からのネガティブな扱いを招きつづけていることにハッと気づかなければなりません。

もしそれが耐え難いからといって、転職したり職場を変えたりいたしましても、実は何の解決にもなりはいたしません。あなたが同じ種類の煩悩エネルギーに中毒でありつづけますならば、どのような場所にいましても何かしら似たようなタイプの人の似たようなタイプの煩悩エネルギーを刺激してしまいますから、多かれ少なかれ似たような目にあう定めなのです。ですから、「なんでわたくしが」と不満をもちますのは、見当外れなのです。

確実な原因、すなわち過去からずっと積んできた心のカルマのエネルギーが結果を出して、その状況を引き寄せているわけですから、そこに実は理不尽だったり不条理だったりするようなことは何一つ存在しません。

ですから、大切なことは仕事を押し付けられてもそれに対して腹を立てないことです。腹を立てても、何の得もないどころか、それにより仕事がうまくいかなくなり、その姿を見た上司は「なんだ、この程度のこともできないロクでもないやつだ、もっといじめてやれ」という嗜虐的な気分にもなるかもしれません。

腹を立てるなどという怒りの煩悩をさらに付け加えてしまいましたせいで、それにより、さらに新たな負の報いを招きよせることになるのです。反対に、上司の仕事を押し付けられても「ああそうか、これは自分が引き寄せたことなんだからしようがない」と受け入れて、あれこれ考えることなく懸命になってその押し付けられた仕事を片っ端から片づけますなら、周囲の目から見ても上司の目から見ても、明らかにきちんとそつなく仕事をこなしていける使える人材である、という印象が生じることでしょう。ですから要は、その仕事が押し付けられたものであるかどうか、などという余計な判断基準は立てずに、それは今やるべき仕事であるから乗り越える、といった気概をもっていただきまして、一つひとつ確実に、愛情をもって仕上げていけばよろしいのです。面白いことに、その結果として努力精進する自分自身への評価が高まり、自分自身ではろくに仕事もせず部下に仕事を押し付けてばかりいる上司の評価は、自然と下落していくことでしょう。

そのような結果を導きますためにも、脳内に引きこもって「イヤイヤ」という考え事ばかりにふけってしまうのではなく、「ほほう、あなたは私に押し付けるのですね。そうすると、あなたのやる仕事がなくなって、最終的にはあなたが損しましうのに、お馬鹿さんですねえ。では、わたくしがこの仕事を片っ端から片付けて、自分をステップアップするのに使わせていただきますよ」とばかりに自らを高める一歩として逆手にとってしまっていただきたく存じます。その結果として、上司にしっぺ返し、一矢を浴びせることにもつながりますでしょう。


●部下の育成に悩んでいます。言うことが通じない、言い訳ばかり、進歩なし、でやるせない思いをしています。これは、部下に反発の心をもたれている状態だと思うのですが、部下にどう対処したらいいのでしょうか。
○ご相談のお言葉を拝見していて、まず印象づけられますのは、おっしゃっている順番にまず「言うことが通じない」から始まっておりますこと、すなわち何か命令的なことを一方的に押し付けようとされているのではないか、ということです。

  その次に来ますのが、言い訳ばかり、とありますけれど、これはその押し付けられる圧迫感に対して部下のお方が逃げようとしていることだと読み取れましょうし、その次にある「進歩なし」というのはそのようにあなたが圧迫感を与えて、相手が逃げ腰になっております以上、ごく自然に生じる結果と申せましょう。そして、そのように「進歩なし」というネガティブな評価を部下に与えて、「やるせない思いをする」と仰せになられておりますように、心の中でネガティブな怒りの煩悩エネルギーを作ってしまわれておられるようです。

そして、その負の煩悩を原材料として、おそらく再び何か否定的な発言や命令的なことをおっしゃいますでしょうから、それによってより一層部下の逃げ腰が定着してしまう、という非常にネガティブな煩悩のチェーンリアクションが見てとれるようです。

「言うことが通じない」とおっしゃいます前に、もう少しばかり部下の心の状態や表情やあるいは声に耳を澄ませてみてはいかがでしょうか。何か立派なことを言ってこいつらを教育してやろう」という高圧的な態度がついつい出てきてしまいそうになりますのを、いったん丁寧に押さえていただきまして、部下に質問を投げかけていただきたいのです。

たとえば、部下の営業成績が上がっていないように見えて、その原因があなたにはわかっているように感じられても、それをいきなり頭ごなしに伝えますよりは「どうも業績が上がっていないようだけれども、原因は何か自覚できていますか」と問いかけて、自分自身で考えてみさせましたほうが、押し付ける圧迫感もありませんし、自分自身で問題を発見させることにもつながりますから、責任感を育む意味合いにおきましても、ずっと好ましいやり方と申せましょう。

そしてもし、部下が「本当は自分にはこんな本をつくりたい、という気持ちがあるのだけれども、この編集部の出す本のトーンとそれが重なっていないせいで、自分が何をしたらいいのかわからなくて困っているせいだと思います」という答えが返ってきたといたしましょう。そもそもここまで正直な言葉を返してもらいますためには、それ以前に充分な信頼関係が築かれている必要があるのですけれども。ともあれ、仮にこういった答えが返ってきたといたしましたら、すぐそこで何か余計な意見を言いたくなってしまう煩悩をやはり抑えていただきまして、「なるほど、ではこの編集部の出版物のトーンとはどのようなものだと君は理解しているのですか。そして、君が作りたいと思っている本とはどのようなもので、そしてその両者の間には、具体的にどのような差があるのですか」とさらに話を進めてみますこと。そのようにあけすけに話をしてまいります中で、その部下が職場に対してどのような思いをもっていて、できれば何を実現したいと思っているのかが明らかになります。お互い黙ったままだと、どこからどこまでが我慢しなくてはならなくて、どの地点で折り合いをつけて、どれに関してはきちんと実現できるのか、ということが曖昧なままに、いろいろなものを我慢しすぎたり諦めすぎたりしてしまうということが、起こりかねません。

相手が何を希望しているかもわかりませんでしたら、相手をうまく使いこなしたり、動かすこともできません。なぜなら、人はやりたくないことを無理やり命令されて喜んで働く動物ではないからです。自分の希望がある程度なりとも叶えられてハッピーになれる見込みがありません以上は、自分から進んで最大限能力を発揮しながら仕事ができるわけないのです。ですから、部下の心の声にしっかり耳を傾けた上で、そのお方がどんなことを希望していて、そしてその希望はある程度までならばその部署の利益にもつながる、ということが確認できますならば、そういった部分、部署の利益と部下の希望が重なり合う部分に重点的に絞って仕事をやらせてみよう、というように方向転換することもできますでしょう。

けだし、部下の能力を最大限発揮させることができませんのは、上司が部下の希望や特性といったものに耳を傾けようとせずに独りよがりな脳内ストーリーの中に引きこもってしまっているせいなのです。部下は部下で、「そのように頭ごなしに否定されつづけることを通じて、自分自身のつくりたい本はこのような部署では作れないに違いない」と思い込んでゆく方向へと心を閉じていくかもしれません。

しかしながら実際は、一から百まですべて自分の思ったとおりにつくれる本など存在しないのですから、そのような職場であってもうまく折り合いをつけさえしますならば、部下の「こんな本をつくりたい」という希望を五〇%程度は叶えて差し上げつつ、その部署のトーンをも維持した作品をも作り上げることもできましょう。そういった五〇%や六〇%程度の逸脱を上手に許しますことによってこそ、一つの部署や会社が凝り固まって古びていくことも防ぎ、絶えず活性化していくことにもつながる道理です。単に部下のやる気を引き出すのみならず、常に新たな息吹を職場に吹き込みつづけますためにも、とりわけ不満そうに見える部下の言葉に穏やかな気持ちで耳を傾けてみる能力は、最も重要なものと申せましょう。そうやってゆったりと聞いてもらうことにより、部下はまた「上司に否定されず、受け入れられている」という本能的な安心感や信頼感を心に培うことが叶います。

尊敬を勝ち得ますことは、そのような地道な努力を通じて初めて成し遂げられることなのです。それもできませんのに、「どうして言うことを聞いてくれないんだ」と嘆きますのは、ご自身の現実を見てないからこそのことと申さねばなりません。今のように振舞っています以上、部下からは尊敬もされず、言うことも聞いてもらえず、そして部下の能力を活用することができませんもの、すべて今のご自身に相応しい報いなのですから。この状況をすべてひっくり返しますためには、できない部下に対してイライラする怒りの煩悩でありますとか、「僕は上司なんだから、立派なんだぞ」「部下はみんな私のことを尊敬して、ちゃんと働くべきなんだもん」という子どもっぽい慢の煩悩を取り除いてまいりますことが、近道なのです。