僧の言箱
menu >> cafe / about / イエデ通貨 / shojin kitchen / rental gallery / iede cucan/ cotobaco / 月読寺 ・・・・・・・ / map / contact


(8)不幸マゾヒズムv.s. 目隠しヒステリー


マゾヒズム v.s. ヒステリーの不毛
 インターネット上で日々綴られ続けている大量の日記たちの中には、不幸自慢のマゾヒズムとしか言いようのないようなものがたくさん存在している。それ自体の善し悪し自体は、ここでは置いておき侍りて。
 そういったマゾヒズム的な日記に対して巨大掲示板や自身のウェブサイトで、傷の舐め合いだとかダメ人間が自分のダメさを自慢していて気持ち悪い、といった感じで攻撃したり批判したりする文章や日記もまた、多数存在するのであります。
 そしてこれは、嘆かわしきことであります。マゾヒズム的な日記をつけることが良いとは申しませぬが、それを非難したり批判したりしたからって、一体何が良くなるというのでせう。
 他人が不幸自慢をしているのに対して不快感を感じてしまうのは何故かと申さば、相手が不幸を嘆いてみせることで、こっそり隠れて気持ち良くなっているのが気に入らないからであろうと思われます。相手が、自分から快楽を盗み取っているという感覚。こういったイライラ感に取り付かれることを、精神分析はヒステリーと名付けました。
 「他人が妙な方法を使って快楽を得てる」ことに無意識的に腹を立てるとき、人は知らず知らずのうちに、ヒステリーに蝕まれているんです。
 苦しみにひそかに快楽を感じてしまうマゾヒズムは、ひそかに快楽を感じているとはいっても、本人が実際に苦しんでいる、というのはまぎれもない事実でありますゆえ、それをヒステリックに責めたりなんかしても、よけいに追いつめるだけの話でありまして、何の解決にもつながりませぬ。
 その「苦しみ」に対して非難したくなるようなイライラした心を自分が持っているとしたら、それがヒステリックで病的な心であることを、まずは知ったほうが良ろしかろう。
 ヒステリックな反応をして相手を追いつめても、問題は解決に向かうどころか、不毛なケンカに陥ってしまうだけの話です。ヒステリックに責められたら、よけい意固地になって固まってしまうより、他は無し。
欠点を責める人にこそ、最大の欠点あり。
 不幸自慢のマゾヒズムにはまってしまう心というのは、確かにネガティヴな不快感を喜ぶねじれた状態に陥っていて、それはお利口なこととは申せませぬ。が、だからといって、それを責めてしまう心の持ち主には、貴方はそれほど御立派な人に候はむや、と問いたし。
 そもそも、心が立派な人であれば、不幸自慢のマゾヒズムにでもすがらないとやっていられないような人をつかまえて、さらに追いつめるような愚劣なことは決してしないであろう。ゆえに、ヒステリックに誰かをけなしている時点で、その人は欠点だらけのロクデナシさんなのです。まさしく自分の欠点から目をそらすためには、他人の欠点を責めておくのが手っ取り早かるがゆえに。
 そ、『法句経』てふお経にも、次のようにぞ記されたる。「他人の過失は見やすいけれども、自己の過失は見がたい。ひとは他人の過失を籾殻のように吹き散らす。しかし自分の過失は、隠してしまう。他人の過失を探し求め、つねに怒りたける人は、煩悩の汚れが増大する」と。
 他人について文句を言っている間は、自分が立派になった気分になって己のダメさ加減から目をそらすことができるでせう。他人を批判するというのは、目隠しみたいなもの。自分のダメさを見えなくする。ヒステリーは、ダメ人間の目隠しみたいなものですよ。
 言い換えれば、他人の過失を探すのが得意な人ほど、本人がどうしようもなくダメな人間であることを暴露しているようなものなのであります。どんな完璧な人にだって欠点の一つくらいあるに決まってるのだし、それを探し出して得意になるなんて、愚劣なことでせう。そして目隠しで、自分のことが何にも分からぬおばかさんになっちゃうよ?
 そうやって己の心が出す波動を「怒り」で汚染してしまい、よりいっそうギスギスギシギシした、人の欠点を責めたくってしょうがないような、暗い心が出来上がってしまうのです、よ。や、他人事にはあらず。誰しも、陥りかねぬことにして、要注意のこととこそ申し置きたきことなり。
 あるいは江戸時代に生きた慈雲尊者が『十善法語』で語るように、人がヒステリックに怒りっぽいのはその本人の業でありまた責任であり、他人のことは一切関係あらず。それなのに人ってやつは他人の怒りっぽさや愚痴っぽさについてすぐ腹を立てるわけだけど、そうやって腹を立てることで余計に「怒」という悪業エネルギーを己の心の中に溜めてしまうだけなのです。あいやー。
 この非生産的なケンカを乗り越えるには。
 己自身が不幸自慢しちゃってるのにココロの底から気付けば、不幸自慢のマゾヒズムからは脱出できます。何故なら、不幸自慢は結果的には、自分に災いを招くのだから。そのことを、自分の心に何度も言い聞かせるようにして、不幸を喜ぶマゾヒズムは自分にとって損だ、と繰り返し意識してみることであります。それがはっきりと意識できるようになるほど、不幸とはおさらばできますゆえ。いきなり完璧に脱出することはできません。徐々に、で、良いのさ。
 他人の不幸自慢マゾヒズムにイライラしちゃう自分(それはヒステリーの症候である!)を感じたら、イライラするのはヒステリーであるということを、きちっと認識しておくこと。こちらもやはり、そうやって自分に言い聞かせるのが大切。そしたら、ヒステリーは薄まります。ヒステリーもやっぱり結果として、自分に災いを招くことが、わかるから。そんなにイライラしてたって良いことなんて何もなきえゆえに、せめて冗談の一つでも言って相手の気分を紛らわせてあげられるくらいの、余裕を育てることと、いたそうではありませぬか。

>> (9)正論サイドエフェクト