僧の言箱
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(5)本音の暗号化


冗談=暗号化
 心の奥底にある本音、本心ってやつはしばしば、「ストレートには言いにくい」ものであり、危険なものにすら感じられるものであります。何故なら。
 内側の本音をさらけ出すのは、恥ずかしいから。 大切な本音を否定されて傷つきたくないから。ストレートな本音は、相手を傷つける場合があるから。
 …だけれど人ってやつは我が儘にできていて、同時に本音を伝えたいし知ってもらいたい、 という反対の願望も持っているのであります。 そこで本音を伝えるためには、ストレートに伝わらないようにひそかに本音を暗号化するための、 裏口が用意される必要が出てくる。
 思うにその裏口として、冗談めかすことは強い威力を発揮するのであります。 ふざけ半分で「私ってなんちゃって○○なんだよねー」と言いながら相手の反応を見ることで人は、ひそかに本音を言うことができる、わけであります。
プラス or プラスマイナスゼロ
 もっとも典型的なのが、恋愛における告白。「もしかしてわたし、抱きつきたいくらい好きかも。・・・え?なに、そんな顔してるの。本気にしないでよー」こんな、青い恋愛駆け引きで耳にするようなありふれたセリフが、「冗談としての本音」仮説の全てを語ってくれる気がします。いわゆる「カマカケ」と呼ばれるもの。
 もし相手が「冗談なんていわないでくれ。僕は、きみが好きなんだよ」とか、そんな熱っぽいことを言ってくれるならば、それで御幸せに。その反対にもしも、相手が何の反応も示してくれなかったときは、冗談だったということにすれば別にフラレたわけではないし、相手が鈍感なだけだと思えば、儚い望みをつなぐことができる・・・といった寸法なわけであります。
 つまりもしもプラスにならないことがあっても最悪プラスマイナスゼロということになって、マイナスにはならないように仕組まれているのだと、思われる。言い換えると、絶対に損をしないように、ひそかな損得勘定がされている、ということ。
 このように、自分にとって重要なことを言うときほど、それが他人にとって「本気に取られない」ように、冗談によって暗号化する、という裏口が利用されるなんていう光景は、日常にありふれていると思われるのであります。
 ついでに申さば、本音をついつい一生懸命になって語ったあとで何だか恥ずかしくなっちまって、「ふー、クサイことを熱く語ってしまったな」といったように妙に冷静になって付け足したして茶化したくなることがあるのも、同じことであります。後から冗談めかして茶化してみせることで、本音は暗号化されて隠されるのです。
 そうしておけば、もし語ったことが誰かから否定されても、「や、ついつい熱くなっちゃったけど、本気じゃないから」と流してしまえる、という。もー、ずるいヨー。…や、問題は、時として私もまた、本音を暗号化する誘惑に駆られてしまうっていうことなのですが……。
冗談による、非難の暗号化
 あるいは他人を非難するときに、「きみって○○だよね、なーんてね」と冗談めかして言うとき人は、かなーり言いにくい、本音で非難しにくいことを、さりげなく伝えようとする、ということがあり候ふ。
 これは相手を傷つけないため、と言えば聞こえは良いかもしれねども、残念ながら敏感な相手にとっては、むしろ逆効果になるように思われます。 そして更に残念なことには、エセ心理学が流行っている今日このごろ、こういう心理に敏感な人口というのは、明らかに増加していることが予想されるのであります。
 敏感に非難を感じ取ってしまった場合、「ストレートに言えばいいのに、当てこすりやがって嫌な奴だな」という反応を生んでしまうことになろうというもの、さ。
 照れくさい(けれど実は大切な)本音にしても、相手に対する非難にしても、あんまり暗号化しすぎると、お互い疲れてしまいますゆえ、要注意。さきほど例に挙げたるような青い恋愛駆け引きでありますなら、まだ微笑ましいものではありますけれど、ね。
再度、勇敢なる沈黙のススメ
 されど、では、ストレートに本音を言ってしまおうよ、なんていう暑苦しいことを申したいわけでは、全くありませぬ。
 伝えたくってしょうがない本音や本心が、相手を攻撃したり傷つけたりするようなものである場合は、そんなことを伝えること自体を止めちまって沈黙を選んだほうが、ずっと良いし、得がたく高貴なことであると申し添えたく思うのです。
 そもそも、そんな傷つけかねないような言葉なんてものが、本当の本当に、心の底から相手に伝えたいものであるかどうかを自問自答してみたまへ。実際はね、貴方が伝えたくってしょうがないと思い込んでいる本心なんてものはね、本当はドウデモイイようなものかもしれませぬ、よ。そんなツマラヌことをわざわざ暗号化してまで伝える必要もないだろうし、ましてやストレ−トにぶっつけて傷つけるなんて、もっての他であります。
 つまり、暗号化しなきゃいけないかもしれないとか、遠回しに伝えなきゃいけない、とか感じていることは、そもそも伝える必要のない、相手にも自分にも害のある言葉でしかないかも知れぬではありませぬか。
 だからさ、わざわざ面倒な暗号化までして伝えるまでもなく、最初っからそのことについては沈黙して、喋らない、無駄口を叩かない、というストイックな姿勢を取ってみられてはいかがでしょうか。前回「お嬢さまことばの真髄」の最後に書き候ひたることと重複しますけれど、そのようにして選びとられたストイックで静謐な沈黙は、べらべら沢山喋り散らかすよりも、よっぽど雄弁に大切なことを伝えることができるでせう、よ。

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