僧の言箱
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(1)《自分》は小さじ1杯でじゅうぶん!


ジブン紹介
 ウェブサイト上やあるいは口頭のものでも何でも良いのだけれど、誰かの自己紹介を思い浮かべていただきたい。
 その人の詳しい生い立ちから始まって、 「私は何年に何処で生まれて、何歳のときに何をして、趣味はどこどこのショップの服を着るのが好きなんだけど、映画はあの監督のこの作品が好きで音楽はボサノヴァが好きで、それからそれから」 といったような延々と続く自己紹介を見てしまうと、ちょっとウンザリした食傷気味な気分になりはせぬでしょうか。
 「とにかく自分のことを理解させよう」として自分語りをする気持ちがビシバシと伝わってしまうため、見る側は疲れてしまうわけでありますが、 この疲労感の元凶は、「ジブン」というカタカナ二文字ないし漢字二文字だということが分かっていただけるのではなかろうか。
 「ジブン」についての話はそれがたとえどんな内容でも、基本的にツマラナイものさ。だって、誰もが自分のことに精一杯で、他人のクダラナイ「ジブン」のことなど聞きたくないのだから。この、ちょっと嫌な気がするかもしれない真実を、よく胸に刻んでおきませーう。
 「自分の話を聞かせてたくてしょうがない」という姿勢は欲に満ちていますから、はために美しいとは映りませぬし、結局のところ損をするのであります。
自分という幻
 さて「自分」については、世の中には、「自分の個性を生かそう」とか「かけがえのない自分を大切にしよう」とか、そういう言葉がありふれています。
 しかしながら、私なりに仏教の立場から見ますと、これらの言葉はとんでもなく有害なデマでしかないッ。民衆を騙してカモにするためのデマゴギィッ。
 と申しますのはほんの少しだけ頭を働かせさえすれば、見えてくることがあります。どうして「かけがえのない自分」がこんなにも声高に言われるかといえば、実際は皆が惨めな思いをしながら生きている分、 その現実をごまかすために「自分っていうのはかけがえのない素晴らしい存在なんだ」と思い込みたい人たちが大勢いるからだと申せましょう。
 皆、ほとんど無意識的に自分は特別な人間だと思い込んでいますから、「その自分は有意義なことを語っている」と思い込んでいます。それはとんでもない話で、実際は、皆、くだらない人間が、どうでもいい話ばっかりしているのであります。 にも関わらず、喋っている間は、自分の喋っていることが大切でしょうがないから、相手に聞いてもらおうとするのですが、相手は相手で本当は他人の話なんかには興味がないものだから、 面白い話ならまだしも、文字通りクダラナイ話を聞かされて、ストレスを溜めるハメになるのであります。
 こうやって「かけがえのない自分」ベースで、ストレスを感じながら生きる、というのが通常、人間の生き方です。 コミュニケーションや交際とは名ばかりで、お互いがお互いに「自分」を押し付け合っている悲惨な風景ではないでせうか。
 お互いが暑苦しくてクダラナイ「自分」というものにこだわって、言わば「自分の濃度」を濃くし合うせいで、人間関係がロクデモナイ方向に向かってしまうのであります。
自分濃度 濃い/薄い
 何故に人が、「自分が、自分が」「私が、私が」ってふ具合になってしまうかと申せば、いたってシンプル。自分がシアワセになりたいからであります。 しかし残念極まりなきことに、「自分が、自分が」という形で自分濃度を濃くすればするほど、 本人からはガツガツした物欲しそうな雰囲気が漂うようになりますゆえ、良質な人間関係が作りにくくなり結局はフシアワセになっちまうのであります。 そして物欲しそう、というのは威厳がなくどこかチンケで安っぽい、ということにもつながるでせーう。 すると他人からは安く見られて交際はギクシャクしてくるうえに、何よりもまず自分がガツガツしていることに疲れてきてしまいもしようさ。
 つまるところは、裏返して申しますと、「自分が、自分が」という考えを薄めれば薄めるほど、すなわち自分濃度を薄めるほど、 自分に備わっている物欲しそうな雰囲気が取れてきて、周囲との交際も自然とすんなり行くようになるものです。  物欲しそうにしていないということは、落ち着いた威厳があるということでもあり、本人の立ち居振る舞いは美しいものになります。
 自分を薄める。自分濃度を薄め、透明感のあるものにしてゆく。そんなふうにして他人様と交際してゆく道行きを、これから示して参ります。
 美味しいお菓子を作るのに、「ジブン」なんていうゲテモノは、小さじ一杯でじゅうぶんなのさ。

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