家出空間 月読寺

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:::もろもろの連載を紹介いたします:::


1.「マインドフルネスな日々」‥「幻冬舎plus」にて、隔週連載。
2.「思いこみの突破法」‥小学館「本の窓」にて、月刊連載。
「本の窓」は、本屋さんにてtake freeです。)
3.「自然におまかせのリズム」‥清流出版「清流」。
4.「人生相談 明日へのヒント」‥産経新聞にて、およそ月刊連載。
5.「つながりの引き算」‥毎日新聞にて、毎月第2日曜日に連載。
6.「「空(くう)」を用いる。」‥PHP研究所「衆知」。






『おじさん仏教』


発売日:2016年11月下旬
著者:小池龍之介
出版社:徳間書店

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『自然と心が整う法則(ルール)』
カリスマの言葉シリーズ(語録集) #006
※2016年10月くらいまで、セブンイレブン店頭に置いてあるようです。


発売日:2016年8月上旬
著 者:小池龍之介
出版社:セブン&アイ出版

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『自分に気づく仏教の学校』(文庫)
※2014年1月に刊行された『“ありのまま”の自分に気づく』を改題、加筆・修正し文庫化したもの。


発売日:2016年7月下旬
編訳者名:小池龍之介
出版社:KADOKAWA

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『こころのおまもり: 仏教的〈自然体〉の手ほどき』


発売日:2015年12月上旬
著 者:小池龍之介
出版社:三笠書房

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『超訳 ブッダの言葉 エッセンシャル版』(文庫)


発売日:2015年11月中旬
編訳者名:小池龍之介
出版社:ディスカヴァー・トゥエンティワン

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『煩悩ってどうすればいいんですか?』


発売日:2015年9月上旬
著者:小池龍之介×テリー伊藤
出版社:宝島社

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『いま、死んでもいいように』


発売日:2015年7月下旬
著者:小池龍之介
出版社:ベストセラーズ

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『もやもやスッキリ絵巻』


発売日:2015年4月上旬
著者:小池龍之介
出版社:KADOKAWA

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『こだわらない練習「それ、どうでもいい」という過ごしかた』


発売日:2015年1月上旬
著者:小池龍之介
出版社:小学館

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『気づきの手帳2015年』


発売日:2014年9月下旬
著者:小池龍之介
出版社:KADOKAWA
定価:1836JPY.
「今」に没頭する。未来の期待や心配は忘れておく。 過去の失敗や悔いは捨てておくーー。 未来は、まだ生じていないがゆえに、幻。 過去は、すでに生じて今はもうないがゆえに、幻。 「今、この瞬間」のみが、現実。

昨日のことも明日のことも脇にどけて、その時その時の「今、ここ、この瞬間」に専念できるようなスケジュール帳を作りました。

「今日」「今」に没頭できるように1日に1ページ。それでも分厚くならないように、余計なページの贅肉はそぎおとし、極薄の紙を用いました。

毎日、自分が感じている「快」「不快」の変化を、タイミングごとに記録して諸行無常の波グラフを作成できるようにしました。 心地よさや不快感に翻弄される自らの姿へと「気づき」を向けてゆく、というのがこの手帳の特徴です。

それに加えて、日々の「欲望と怒りの感情メモ」の欄を設けました。その日の、顕著だった欲望と怒りを記録してゆくことで、着実に自己への洞察が深まり、 自分の心という、もっとも重要なテクストを読み解いてゆけるよう、設計した次第です。


『そこには いないよ』


発売日:2014年9月下旬
著者:小池龍之介
出版社:金の星社
定価:1300JPY.(+tax)
クーピーと色鉛筆を用いて描いた、絵本ですよ。うーん、せっかくの能天気な内容に対して、あえて無粋にも、理屈による解説を加えてみましょう。

ネコッコをかわいがっているつもりで、実は「ネコッコをかわいがっている自分を、かわいがっている」という牢獄にとらえられている、コムスメさんです。

そこには、いないよ。果たしてコムスメさんは、「自分」と「自分により生成される概念という幻覚」を突破して、ネコッコを見つけることができるのか。

いやはや、あんまり考えこまないで、「そこには、いないよ」に翻弄されながら、ヘンテコリンな冒険をするコムスメさんを見守りながら、愉しんでページをめくってくださいますと幸いです。 著者としましては、最後のページの温かみのある絵のことを、たいそう素朴に気に入っているのです。


『しない生活』


発売日:2014年3月28日
著者:小池龍之介
出版社:幻冬舎
定価:780JPY. (+tax)
朝日新聞紙上で、これまで二年半にわたり身近な煩悩分析をおこないつづけてきた連載、「心を保つお稽古」。 その中から108本を選んでまとめる形において、『しない生活』という書名にて刊行される運びとなりました。

その二年半の軌跡を思い返してみますと(いやはや本っ当に、波乱万丈の時期でありました!)本連載最初の1年くらいの間は、先に伝えたい内容ありきの理念先行型でありまして、そのための具体例をてきとうに創作して書く、という大上段から説くスタイルを取っていることが多かったように思われます。

そのぶん、本書前半は内容がすっきりまとまっていて理解しやすいはずなのですけれどそのかわりに、やや面白みや生々しさに欠けている面もあるかもしれません。

ひるがえって、後半から最近にいたるまでは執筆スタイルが変わり、その週その週に実際に筆者の身辺でリアルタイムに気になっている出来事や思いを素材にしてーーー大袈裟に申せば、切れば鮮血の吹き出るようなフレッシュな題材を用いてーーー仏道の包丁によって切り捌き、己を見つめる手法を取ることが多くなっています。

筆者自身が己の弱さや迷いを煩悩分析のまな板にのせてゆく様は、単純に読み物として面白い(たぶん、そのはず・・・)であろうのに加えて、そこに生じる現実味によって、読者諸氏も我が身に引きつけて読み込んでいただけるのでは、と期するところであります。

あれこれと「する」のを停止して、いったん立ち止まり、ひとつひとつ、自らの思いと弱さを内省し、そこへ柔らかな光を当ててゆく。そんな「しない」ひとときの、おともにどうぞ。


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『"ありのまま"の自分に気づく』


発売日:2014年1月10日
著者:小池龍之介
出版社:角川SSC新書
定価:903JPY.
ありのまま。そこに、ただ、あるままに。

なんいも足さず、なぁんにも引かず。

それ以上でもなく、以下でもなく。

ただ、シンプルに気づく、観察する。

本書はタイトル通り、全篇をとおして「主観を消してありのままに見ること」と、「自己観察=気づき」という二つの糸を、それぞれ縦糸と横糸として、編みあげております。

仏教諸経典と、それに加えて広く他の精神分野や思想の文献なども引用して解説しながら、「ありのまま」と「気づく」を探求してみた次第です。

素朴にまとめるなら、自我イメージの背伸びをやめて、ふっと力を抜くこと。

「自分」への態度の両極、それは、自己愛と自己嫌悪です。自分を現実よりも素敵に見ようとして背伸びをするか、ダメな部分を現実以上に過剰にとらえて縮こまるか。

私たちの心は背伸びという火事と、縮こまりという洪水にはまってばかりなのですが、右は自己愛の炎、左は自己否定の洪水、というところにあって、その合間にある、透明の一本の道をゆく。

背伸びと縮こまりの中道、ありのままにただ気づく、という道の歩みかたを、示してみました。つい、「俺様モード」になり傲慢な背伸びをしてしまいがちな筆者自身、自然体に返ることの大切さをかみしめつつ記した一冊でありましたとさ。


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『恋愛成就寺』


発売日:2012年9月15日
著者:小池龍之介
出版社:ディスカヴァー・トゥエンティワン
定価:1,365JPY.
久しぶりの新刊は、三年ぶりに恋愛というテーマに再挑戦した本となります。

「スピチャン」というウェブサイトでの同名連載をまとめて、大幅に加筆修正したうえで、一冊の本へと仕立てたものです。

最初にタイトルを決めるとき、先方からのご提案はなんと、『恋愛成仏寺』。う、うーん、成仏しちゃったら困るでしょう、ということで一文字だけ入れかえ、『恋愛成就寺』というところに落ち着きました。というのを想い出すとニッコリいたします。

愛する/愛される、というのは、良かれ悪しかれ「この自分ッ」の価値が高騰したり下落したりする乱高下の程度が、ズバ抜けて強烈な現象です。

それゆえに、愛情には必要悪のごとく、不安・要求・束縛・淋しさといった副作用がつきまとうもの。

そういった「自我の副作用」の可視化と解毒を主眼に、各論を展開した次第です。一見すると他人事として記されてはいるものの、筆者自身も執筆しながら「まことにそうなのだよなぁ、イタタ・・・と、自ら思い当たりつつ戒めもしたものでありました。


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『「自分」を浄化する坐禅入門』(増補改訂版)


発売日:2012年3月22日
著者:小池龍之介
出版社:PHP研究所
定価:1,365JPY.
前回の版からすると、ほとんど別の本になったかの印象のあるほどに、大きく加筆修正を施しました。

特に多量の加筆をしたのは前半部分でして、初学者が挫折してしまいそうな部分をフォロウできるようにと、困ったときの傾向と対策をあちらこちらに散りばめました。

また、瞑想を淡々と一歩一歩進めてゆくうえで大事な、平常心を保ちながら自分の心をみつめるというポイントを、随所に書き加えました。

なお、旧版を書き直すべく見返していた際、とても目につきましたのが「〜できるようになる」「〜しなければならない」といった表現でした。

「できる」「できない」という形で自分を評価して自分を追いこんでいく心理や、「〜しなければ」と固くなる心理。それらを助長しかねない圧迫感のある表現をたくさん使っていることを反省して、もっとニュートラルな表現へと、書き改めていった次第です。

瞑想自習の、良き手引きになってくれると良いと思います。


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『平常心のレッスン』


発売日:2011年10月13日
著者:小池龍之介
出版社:朝日新聞出版
定価:798JPY.
この本は、朝日カルチャーセンター新宿校にておこなった、五回の講義「仏道式 平常心のレッスン」を一冊にまとめたものです。

本にするにあたりましては、講義で微に入り細にわたって分析したことがらは簡略化することと、欠けている部分を補うことに留意いたしました。

私が思うに、現代人にとっての古代インドの仏道は、魅惑的であると同時に、それに取り組むこと自体が「より立派になりたい」「より清らかになりたい」という「欲望」を生み出す原因になりがちです。
そうして「より優れた所へ行きたい」という欲望は、ひとつの執着として私たちを拘束し、かえって心を醜悪にすることもあるのです。
それに対する強力な解毒剤として、本書では中国 - 日本の禅における「何事にもとらわれない」という姿勢を強調した次第です。
仏教の流派を超えて、古代インド仏教と中国 - 日本仏教がここに、うまく融合してくれているように、と願うところであります。


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『3・11後の世界の心の守り方
---非現実から 現実へ』


発売日:2011年8月16日
著者:小池龍之介
出版社:ディスカヴァー
定価:1050JPY.
3・11への反応、それは情報パニックと呼ぶにふさわしいものでしたし、いまだにその情報パニックは継続しているように思われます。

本書では、それら情報パニックを引き起こす心の仕組を簡潔に分析しつつ、大量にあびせかけられる情報から、心を防衛する必要性を述べました。 128ページのコンパクトなこの小著の主な内容は、以下の四点から成り立っております。

1)心が、情報からヴァーチャル妄想を生み出す仕組み

2)情報パニックの中で偽善者が続出することの分析

3)非現実の思念が増殖するソーシャル・メディアの分析

4)「情報過食症」「快楽過食症」におかされた生き方からの、方向転換の示唆


なお、同時期に執筆していた、共著『覚悟の決め方』(河野太通×南直哉×釈徹宗×田口弘願×小池龍之介)に寄稿した内容と何点か重なる部分もありますけれども、 そちらが個人的なことに力点を置いたのに対して、本書は主として社会や文明レベルの価値観を転換してゆくことに主眼を置いて、執筆をいたしました。


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『さみしさサヨナラ会議』


発売日:2011年6月30日
共著者:宮崎哲弥×小池龍之介
出版社:角川書店
定価:1470JPY.
どうして現代人はこんなにも、携帯電話を触わるのでしょう。どうしてネットにだらだらとアクセスするのでしょう。どうしてそんなに大きな声で、話すのか。どうしてそんなに我が侭なのか。どうしてそんなに他人にクレームをつけたいのか。それは、さみしいからでしょう。

むやみやたらと「つながり」が強制され、静けさを破壊するお喋りが幅をきかせているこの世界で、孤独を考える。これは、宮崎哲弥氏との間で、二度にわたっておこなわれた「孤独」をめぐっての対話です。

「さみしさサヨナラ」と銘打ってはいますけれども、孤独を否定しようという趣旨ではありません。むしろ「ヒトは実は自分の心に閉じこめられている」という孤独の真実の中からこそ、心の凛々しい自主独立を汲みあげようというのが、狙いでありました。「求めない」者同士だけが、真に相手とわたりあえるのですから。それにまつわり、序章には「孤独を受け入れて力に変換する」という文章を執筆いたしました。

対談内容は、孤独のメカニズムをお互いに分析するところから始まります。そこを始点にして対話は、ときとして和気あいあいと、ときとして緊張をはらみつつ、性愛、セクシュアリティの幻想、死、存在論、恋愛、結婚、インターネット、ソーシャルメディア、欲望論、家族、等々といった話題をまな板に載せながら、展開しています。


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『ブッダにならう 苦しまない練習』


発売日:2011年4月1日
著者名:小池龍之介
出版社:小学館
定価:1350JPY.
ブッダの言ったことは、たった一言でまとめると「苦しみ」の仕組みを見抜いて「苦しみ」を捨て去ること。たったそれだけのこと。25本ほど選んだブッダの言葉をヒントにしつつ、この「苦しみ」の地雷がたくさん仕掛けられた現代を、苦しまないで生き抜くための生き方を、提案いたしました。

全部で25のレッスンの一つ一つに、漫画家の鈴木ともこさんが愉快な4コマ漫画を描いてくださっています、それらににっこりと微笑みながら読み進めていただけることでしょう。
  1. 非難に備える
  2. 大人になる
  3. 家族との距離をはかる
  4. 親孝行をする
  5. パートナーを安らがせる
  6. 真の友を見分ける
  7. 良き人と歩む
  8. 別れに耐える
  9. 悪魔から身を守る
  10. 自己を整える
  11. 自分に勝つ
  12. 嘘をつかない
  13. 業を良くする
  14. 孤独を味わう
  15. 精進する
  16. 不自由さを受け入れる
  17. この瞬間を生きる
  18. 美化しない
  19. 外見のこだわりを捨てる
  20. 身体を見つめる
  21. 呼吸を静める
  22. 脳の幻覚を見破る
  23. 意見を離れる
  24. プライドを捨てる
  25. 死の準備をする


(*)特設ウェブサイトが出版社のほうで制作されており、「小学館:苦しまない練習」にて、内容の一部が試し読みしていただけます。


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『超訳 ブッダの言葉』


発売日:2011年2月20日
編訳者名:小池龍之介
出版社:ディスカヴァー
定価:1750JPY.
本書では釈迦=ブッダの言葉にいわゆる「超訳」をほどこすにあたり、原始仏典を広く見渡し、「小部経典」から『法句経(ダンマパダ)』と『経集(スッタ二パータ)』を中心に、「中部経典」「長部経典」「相応部経典」「増支部経典」に収録された諸経からセレクトいたしました。

セレクトにあたっては、幅広くあらゆる世代の人々に手にとってもらえるようにという意図から、あまりにハードコアな経典は取り上げませんでした。修行に取り組んでいるかた向けのハードコア版は、出版社からは歓迎されないでしょうけれどもまた別の機会に出すことができれば良いと思っております。

従来の訳との違いを簡単にあげておきますと、あくまでも坐禅瞑想に取り組んでいる者としての筆者の視点から、瞑想心理学的・実践的な訳文にしたということが挙げられるでしょう。従来の仏教学者さんによる訳にはとても読みやすいものもすでに多数ありますながらも、学者さんが坐禅瞑想の実践や心の訓練に取り組んでおられるわけではないため、あいにく心を変えるための心理学的実践からは、離れた訳文になってしまうこともあります。

ごく一例をあげておきますと、「tanha」の語は、伝統的には「渇愛」と訳されている言葉です。この「渇愛」を仏教学の大御所である中村元氏は岩波文庫版『ブッダの真理のことば』の中で「欲愛」と訳されており、これは分かりやすさの点では優れていて、読みやすいです。ところがそれが単に「欲」のことと理解されてあっさり読み飛ばされてしまうこともあることでしょう。

この「渇愛」を、その意味的エッセンスにもとづいて「心にぽっかり開いた欠落感」「胸のうずき」「心に開いた欠乏感のブラックホール」とでも訳すことにより、「その欠落感をなくすことが大事なんだよね」という実践的かつ直球的な理解が得られるであろう、とはからいました。

もう一例のみ挙げておきましょう。「papa」「miccha」の語を単に「悪」とか「邪」とか「よくないこと」と訳してしまうと、たとえば「sabba papassa akaranan(すべての・悪を・避ける)」という文章が出てきたときに、「悪を避けるのは当たり前でしょ、何をつまらないことを言っているんだ」ということになりかねません。(実際、詩人の白楽天は禅僧から上記のフレーズを聞かされて「当たり前のつまらないことだ」と反応したと言い伝えられています。)

ところが「悪」というのは「心に苦しみを与えるネガティブな心の状態」というように実践的にとらえる瞑想心理学的な立場から訳した場合、「すべての悪を避ける」は「心に苦しみを与えるネガティブな欲望・怒り・混乱から離れるよう努力する」と訳されることとなりますから、自分が何をすればよいのか、というのが明瞭になるのではないでしょうか。

かくして原義から逸脱しないぎりぎりの範囲内で最大限まで、「このように実践する」ということが、文字を見れば一目でぱっと入ってくるような訳文に徹した次第です。このような訳し方の欠陥としましては、せっかく端的に短く切り詰められた釈迦=ブッダのメッセージが、元とくらべて長ったらしいものとなるということです。

極端なものでは、『法句経』の極めて短い文章を、そのエッセンスを筆者の視点から敷衍しつつ補足説明をしのびこませるかたちで、見開き2ページまで引きのばしたものなんかも、あります。(たとえば本書の〇六二番「欲望とは、苦なり」。)

こういった「超訳」は、長ったらしくなるとか、具体的になりすぎるために応用性が低くなる、といったデメリットもあることでしょう。このように一長一短のあるものとして、うまく利用していただければ筆者としては幸いです。

ところで「実用的な」という筆者の意図からいたしますと、このような分厚いハードカバー版の形になることは必ずしも本意ではありません。やがてポケットサイズのハンディー版を出してもらえることを版元のかたが約束してくださいましたので、そちらを待たれるのもよいかもしれません。


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『坊主失格』


発売日:2010年12月22日
著者:小池龍之介
出版社:扶桑社
定価:1365JPY.
子供のころから二十代の終わりの頃までいつもいつも、淋しくって淋しくって、死にそうでした。 そしてついには、麻薬中毒になり果てたのでした。その麻薬の名前は「淋シイ」と「愛サレタイ」。麻薬ですから、いくらあっても足りなくって、苦しくて、自分と他人を傷つけてしまう。

この本は、「サミシイ」と「アイサレタイ」という麻薬の中毒患者だった者による闘病記と申すこともできるかもしれません。

「淋しさ」という魔物に心身をむしばまれるなら、ヒトという生き物はどこまで悲惨に堕ちてゆけるのか。それを、自らの悪漢たる来歴を分析標本としてヒリヒリとあぶり出したつもりでおります。

そしてまた、その淋しさ、すなわち欠落感というカサブタのついた傷口は、さいごには他人の手ではなく自分自身で治癒するしかないのだよね、ということも徹底的に記しました。

ふとあたりを見回しますと、老いも若きもみいんな、「淋しさ」にふりまわされコミュニケーションが空回りしているように見える昨今。本書が単に「個人の闘病記」に終わらずに、読者諸氏の抱える淋しさを内破させ突きぬけるための道標(ヒント)になってくれますように、と願う次第です。

本書執筆の発端をふり返ってみますと、およそもう二年も前のこと、雑誌”SPA!”での取材に遡ります。「エッジな人々」というコーナーの記事になったインタビュー内容を叩き台に、加筆に加筆を加えて仕上がりました。原稿用紙のマス目を埋めてゆくのがいつになく大変な作業だっただけに完成の喜びもかくべつ・・・なんてのはギャップによる幻覚だよね。というのは本書の裏テーマなのでありましたとさ。

(*)本書に登場する人物の発話内容は、あくまで本書叙述のために著者の視点から、事実を部分的に抽出して解釈・再構成したものであり、「  」内の発話は、"このようなニュアンスに受け取れることを言った"という程度にご理解くださいませ。また、そこに記されている、著者以外の人物の内面描写は、あくまでも著者による解釈であり、ある限定された一面からの見方でしかなくそれがその人物の心情の全てであることはない、ということをご承知おきくださいませ。
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考えない練習』


発売日:2009年2月9日
著者名:小池龍之介
出版社:小学館
定価:1350JPY.
あれこれと考えずに、五感を駆使して丁寧に日常生活を楽しむための、暮らしの本。 私たちを不毛な「考えごと」へと引きずりこむ「迷=無知」の煩悩に、立ち向かうための攻略本です。

日々の生活で、私自身がどのように五感を使いこなして暮らしているかを振り返りながら、それを一つの形にまとめた次第です。

収録されているのは

「1話す/2聞く/3見る/4書く・読む /5食べる/6捨てる/7触れる/8育てる 」

の生活の8シーンに加えて、

「呼吸する/嗅ぐ/笑う/計画する/料理する/買う/待つ/ 休む/遊ぶ/逃避する/眠る」

という行為の数々。おおむね、暮らしの全領域をカバーするようにと心がけ、この本をつくるのにも丁寧に時間をかけて練り上げました。

元々は、それぞれの行為の背景にうごめいている潜在的思考を分析する複雑な記述もしていたのですけれども、それらを取り除いてシンプルな作りにすることで、読みやすく実用的な書物にまとまったように思われます。

(*)『考えない練習』、版元の企画で、事前にゲラをお読みいただいた約50名の希望者から感想コメントを頂戴しました。 ふむー、と参考になる感想から、ズコーーーッ、と滑りそうになるもの、あいやーと反省させられるものまでそれらを漏らさず掲載したものが、「
感想文集」の頁にてご覧いただけます。

(*)特設ウェブサイトが出版社のほうで制作され、「小学館:考えない練習」にて、ご覧いただけます。

(*)五回目の増刷にあたって、まえがきの最後に下記の一文をつけくわえました。

ふだんは、思考を操れずに多くのことを「考えすぎる」せいで、思考そのものが混乱して、鈍ったものになってしまいがちなのです。考えすぎで思考を錆び付かせるのはやめて、「考えない練習」の時間という充電をすること。その充電を終えた後におこなわれる「思考」はどこまでもクリアに冴えわたった、ひらめきに満ちたものになることでしょう。
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貧乏入門
---あるいは幸福になるお金の使い方



発売日:2009年12月20日
著者名:小池龍之介
出版社:ディスカヴァー・トゥエンティワン
定価:1470JPY.
学生時代から継続的に持ち続けていた中心的関心は三つ、「善悪の錯覚」と「愛情の謎」と「お金の魔力」についてでありました。

一つ目と二つ目は一応、すでに『偽善入門』『仏教対人心理学読本』にまとめましたが、「お金」については初めて一つの形にすることができました。それが『貧乏入門』。

副題に、「あるいは幸福になるお金の使い方」とあるように、本書『貧乏入門』というのは、文字どおり、「お金がない貧乏人になりましょう」という意味ではありません。

たとえ潤沢にお金があったとしても、持ち物を減らし、欲望の刺激に支配される消費をやめ、必要な物リストを贅沢に揃えることで、お金の支配から自由になって生きていきましょう、ということです。

お金の魔力に支配されていたかつての自分のことなども振り返りつつ、「お金にものを言わせる」ことをやめて、「お金にものを言わせない」、お金の魔力を黙らせる道のりを記しました。

お金にものを言わせず黙らせるためには、「欲望」=「渇愛」という心のカラクリを改めて(難しくならないていどに)考察し解剖した章が役立つことでしょう。

お金なんて、魔力さえ解毒してしまえば単なるバーチャルな数字。お金はあってもOK、なくてもOK、カンケイナイネ、とばかりにお金という道具を気楽に使いこなすお稽古をいたしましょう。

本文につきまして何か所かの誤植が発見されましたので、正誤表を掲示いたしました。 お手数をおかけしてしまいますけれども、ご訂正くださいましたら幸いです。
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もう、怒らない
発売日:2009年10月25日
著者名:小池龍之介
出版社:幻冬舎
定価:1365JPY.
勝手に不愉快になってしまう心。心が「ついつい」勝手に不愉快になり、心の中でブツブツとケチをつけ続ける。

ブツブツと心の中で文句を言って不快になるだけなら別に誰にも見えないし問題ない、と多くの人が思っています。そして気軽に怒っているのです。その気軽に量産される「怒り」が業として累積することで、心身に致命的なダメージが生じることを知らないままに。

心の中にうずまく不快感が時として「ついつい」口に出てしまったり、「ついつい」嫌な表情に出てしまったり、インターネット上でのネガティブな言動として現れること。それにより怒りのエネルギーを燃え立たせるせいで、自分はさらに怒りのエネルギーを累積させつつ、周囲にも悪影響を与え続けるということ。

何を見ても、何を聞いても、何を食べても、どんな仕事をしても、どんな人間関係にあっても、それを「嫌だ」と不愉快になる怒りのエネルギーがある以上、死ぬまで不愉快で不機嫌なまま。穏やかな幸福感を味わうことは叶いません。

自分からわざわざ進んで不愉快・不機嫌になりたがる心の罠を取り外して、繊細な幸福の味を賞味いたしましょう。

第一章「欲望はストレスの素」/第二章「怒りは体を痛めつける」/第三章「迷いは能力を曇らせる」/第四章「心はなぜにすぐに乱れるのか」/第五章「欲・怒り・迷いを減らすレッスン」/第六章「穏やかな心を保つレッスン」

以上の章立てをご覧いただければ分かるように、今回の本では極めて当たり前に大切なことを、素朴な内容と素朴な文章の形でお届けしています。今回はあまり深く心の暗部をえぐるようなこともしていませんから、誰でも穏やかに読み進めていただけることでしょう。

なおこの本の原稿はもともと、二冊目の本として、一年前に出版される予定で記されたものでした。諸事情により出版が遅れる間に何冊も著書が出たため、いつの間にか九冊目となり、それらの本を読んでくださっているかたには物足りなく思われるかもしれませんことをご承知ください。 ・・・と記しましたものの、こういった静かな文章により心の仕組みをなぞるのは、「怒」の心を静めるという実用的効果がありそうなことに、再読してみて今更ながら気づきました。 けっこう、お勧めかもしれません。


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仏教対人心理学読本
--- 無我の純粋交際マニュアル
発売日:2009年9月25日
著者名:小池龍之介
出版社:サンガ
定価:1470JPY.
現代を生きるすべての老若男女に、自信をもって本書をお勧め申し上げます。 副題の『「無我」の純粋交際マニュアル』からすると、恋愛本かという印象を持たれるかたもおられるかもしれません。 ぶっぶー、ハズレッ。これは恋愛本ではなく、綿密な心理分析にもとづいた本格的仏教書です。

親子関係、友人関係、仕事関係、恋愛関係といったあらゆる人間交際を背後からむしばみ、私たちを七転八倒させる「自己愛=慢」の煩悩について、ひたすらメスを入れ突破をこころみた約280頁。

あえて「恋」という言葉を使うなら、あらゆる人々や世界に、よい距離感で恋するための練習読本。

醍醐味たる本書後半では、私たちを操る心の裏舞台を探検し、黒幕をあぶりだします。 すなわち、心に快楽と苦痛が発生するメカニズムを明らかにし、「無我」の真理へと肉薄する。そのような、重厚な一冊となりました。

本文につきまして何か所かの誤植が発見されましたので、正誤表を掲示いたしました。 お手数をおかけしてしまいますけれども、ご訂正くださいましたら幸いです。



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読むうちに悩みが空っぽになる「人生相談」
発売日:2009年7月
著者名:小池龍之介
出版社:三笠書房
定価:620JPY.
家出空間『月読寺子屋』のコーナーから100問をセレクションしたものが、文庫本になりました。 以下は、その後書きに記した最初の原稿です、編集サイドでは紙幅の都合上短縮されていましたので、原文をここに残しておきましょう。

さまざまなる人生相談がスっとぼけた調子で切り刻まれてゆくのを眺めているうちに、「なーんだ、自分の悩みなんてしょせん、これら陳列された悩みごとの一つに過ぎないのかも、ね」と心を軽くしていただけましたなら幸いであります。

ええ、誰もが悩んでいるときは「ワタクシの悩みはオリジナルで特別な、個性的なものなのだぁぁぁあーーーーーーーッ」と思い込みがちなものなのですけれども、実際は、似たような問題を微妙に味付けを変えて繰り返しているのに過ぎぬッ、過ぎぬッ、過ぎぬッ。

人の悩みなんて、どんなに格好をつけたり、どんなに複雑なフリをしてみせてたって・・・ッ、しょせんは「欲」か「怒」か「迷」という三種類の煩悩エネルギーを組み合わせただけッ。本書の”悩み百態”を通じてこのことを腑に落としていただけましたなら、もはや悩むのなんて馬鹿馬鹿しくって、やってられなくなるでせーう。

仏教の人生相談本でありますゆえに「自然や宇宙や人々に感謝しませーう」とか「仏様に手をあわせていたら心が落ち着きますよーう」などの漠然とした言葉に出会うことを期待されておられましたなら、悩みを「欲」「怒」「迷」へと切り分けてビッシーッと分析する本書のスタイルには、みごとに予想を裏切られたことでしょう。

しかしながら日本的「宗派」に別れる前の仏道とはそもそも、2500年前にインドで生まれた、きわめて合理的かつ心理学的な、メンタルトレーニング方法でした。インド的な、ロジカルでドライな思考スタイルを基本としているのであります。

それは、時として心にヒリヒリとしたショックを与えるかもしれませんけれども、毒にも薬にもならぬヌルい言葉ではなくって、ヒリヒリするショッキングな真理だけが、人の心を変化させてくれるのであります。2500年前に生まれたインド的なるドライな智慧によって、私たちの日本的なウェットな悩みなんてさ、痛快に焼き切ってしまいませーう。

そして本書を読み終えた御方の表情から緊張がとけて、「ふふ」っと穏やかに微笑してくださるようになりましたなら、この本が制作された価値もあったというものであります。



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恋愛と結婚の呪縛をとくお稽古帖
発売日:2009年5日29日
著者名:小池龍之介
出版社:主婦と生活社
定価:1260JPY.
女子も、そして男子すらもが無力なるままに「自分を愛して認めて大切にしてッ」という要求の放射能をまき散らしながら、相手に優しくする能力を欠如させている、この世相。

「自分を認めさせて好きになってもらいませーう」と、付け焼き刃の駆け引きに走り、心がすさんでゆく・・・ッ。 ええ、相手を罠にかけるような恋の駆け引きは、20代においてやり飽きにけり、そしてそれらは、自らの心をすさませるだけなのであります。

恋とは、「この私だけが愛されていなければならないのであーッる」というかたちで、「自我」を肥大させることと密接に結びついているがゆえに、危険でもあるのです。 そうでしかありませんなら、麗しいはずだった恋物語も、単に「自我」をさまざまな方法で刺激することにすぎなくなるではありませぬか。

このような自我刺激のありかたは、二人の恋愛物語が進んでゆくにつれて、たえず変化いたしましょう。 つまり、さまざまな種類の呪縛によって、手を替え品を替え、自らをしばりつけてしまうのであります。

恋愛初期設定のころ。「好きッ」が加速してゆくころ。ハッピー絶頂期のころ。マンネリズムが支配しはじめるころ。 別れるとか別れないとかにもつれるころ。結婚しようかどうしようかと迷うころ。結婚しましたらしましたで幻想との落差が生じるころ。

それぞれの時期に心を支配して、相手に優しい気持ちになれなくさせる呪縛たち。それらを煩悩分析装置にかけて、一つ一つ解きはなって参りませーう。

>> 編集部サイドで共同作業に携わってくださったお二人からいただいた紹介文が、「書籍制作共犯者ページ」にてご覧いただけます。

)なりゆき上の判断にて、本書では二人称に「貴女」という漢字をあてており、明らかに女の子向け恋愛本といった体裁となっております。 しかしながら、内容自体はほぼ普遍的なことがらを記したはずですから、男子が読まれても有用ではありましょう。



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「自分」を浄化する坐禅入門
発売日:2009年2日24日
著者名:小池龍之介
出版社:PHP研究所
定価:1470JPY.
集中力/観察力/平常心/慈悲のスペックを向上させるお稽古プログラムッ。

これは「イエデ式坐禅セッション」で指導しておりますインストラクションをもとにつくられた、本であります。

付属のCDには、初心者が聴きながら取り組めるようにと、インストラクションを収録してあります。
(収録内容:ステップ1「初歩的集中力のお稽古」、ステップ2「初歩的観察力のお稽古」、おまけのステップ「慈悲の瞑想」)

このCDを通して聴くことにより、およそ一時間にわたり、基礎的瞑想に取り組めるようになっております。

ステップ3以降は、自分自身を頼りに少しずつ進まれてください。なお本文に記し忘れたのですけれども、ある程度習熟されましてもいきなりステップ7や8から始めずに、いつもステップ1から始めて順次先へ進むことをお勧めいたしましょう。

>> 笑えるような笑えぬようなこの本の「制作裏話」が、ご覧いただけます。



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煩悩リセット稽古帖
発売日:2009年1月20日
著者名:小池龍之介
出版社:ディスカヴァー・トゥエンティーワン
定価:1512JPY.
仏道とは、煩悩リセットのお稽古と見つけたり・・・ッ。 心を汚染しつつ上昇する欲望・怒り・迷いの目盛りをリセットしてまいりませーう。

数年間にわたり「家出空間」に連載してまいりました4コマから、約90点を選び描き下ろしをくわえまして、文章とともに収録いたしました。 ただし・・・ッ、文章については、いつものお道化た文章はやや改まった調子にかわり、短かめに切りそろえられております。いつもとは若干ちがった風味をお楽しみくださいませ。

内容は「煩悩レッスン」の章、「煩悩コントロール」の章、「悟りインストーラー」の章にわけて整頓し、章のはじめごとに、イントロダクションの文章を付しております。

なお本書を編集してくださった干場弓子さんが記されている愉快なる制作裏話をご覧いただけます。



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『煩悩フリーの働き方。』
発売日:2008年12月15日ごろ
著者名:小池龍之介
出版社:KKベストセラーズ
定価:1418JPY.
この本のタイトル、過日は『仕事とつきあう手習帖』と発表しましたけれども、「それでは売れないッ売れないッ売れないッ、馬鹿者ーッ」とボツとなってしまい、再び編集の御方と案を練り直しました結果『煩悩フリーの働き方。』そして「煩悩」には「ストレス」というルビを打つ、そのような書名と定まりました。

前半内容は、導入部プラス具体的な悩みへのQ&A処方箋。後半内容は、「心」と「言葉」と「行動」をコントロールしながら働いてゆく方法ならびに、働くことの意味。

その後半では、仕事の中で仏道のエッセンスたる「八正道」を実践して煩悩=ストレスを乗り越えつつ心を鍛えてしまいませーう、という方法論を提案いたしました。考えてもみますなら、世の中に数ある活動の中でも、仕事ほど修行っぽいニュアンスの強い活動は存在しないような気もするではありませんか。

なお八正道の一つ一つに、つまり八本ほど、4コマ漫画を描き下ろしたものが収録されているよッ。この気の抜けた4コマのおかげで八正道の内容がぐんぐん吸収できる、かも、しれません・・・もしかしたら。



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『偽善入門
---浮世をサバイバルする善悪マニュアル』
発売日:2008年9月
著者名:小池龍之介
出版社:サンガ
定価:1470JPY.
今の世の中はサバイバル---生きのびる---という言葉がふさわしく思えますほどに、厄介な物事がてんこ盛りです。社会状況にせよ人間関係にせよ。しかしそれに嘆いても自分が疲れるだけで、何一つ良い方向へは変わりません。

仏道とはある意味、こんな乱世を愉快に生き抜くサバイバル・テクニックにほかなりません。

この本を読んでくださる皆様がサバイバル・テクニックを上達させて、明るい、風通しの良い心持ちで日々を過ごせるようになることを祈っています。私たち一人一人がそのように変わることを通じて、そのぶんだけ世の中全体が風通しの良いものに変わってゆくに違いありません。

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以下、前書きより抜粋
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善、偽善、悪、偽悪。

これらが本当はどんなものなのか、ほとんど誰も知りません。

善や悪が心身に与える効能についても、ほとんど誰も知りません。

知らないのに無意識的に、誰もが毎日、善や悪を使っています。

しかし知らなければ、うまく使いこなすこともできません。

善悪を誤用しますから、失敗もストレスも多くなる道理です。

善悪を上手に使いこなせれば、失敗もストレスもゼロになりますのに。

まず心の準備体操として第一章で、この浮世で私たちが善悪に翻弄されているありさまを、見物して笑い飛ばしてしまいましょう。

準備体操を終えましたら第二章以降、手習いして参りましょう、浮世をハッピーにサバイバルするための道具として善悪を使いこなす術を。


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『自分から自由になる 沈黙入門』
発売日:2008年3月
著者名:小池龍之介
出版社:幻冬舎
定価:1365JPY.
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家出空間」過去記事より抜粋
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この本につきまして「なぜこのような奇妙な文体を採用しているのか」という御質問・御批判をいただくことが、たびたびに及びました。

ある日「この文体を何と名付けますか」とたずねられました折り、ふむー、としばし考えまして、「飄々たる文体」ということで「飄々体」と名付けました次第であります。

しかしながら振り返ってみますに、まだ「飄々」となりきれていなかった時代の私が書いた文章だったからこそ、「飄々体」などという文体が必要だったのかもしれません。今となってはもはや、自ら自身や内容が飄々としてさえいれば、おのずから「飄々体」という形にはバイバイできてしまうのです。

賛否両論を巻き起こした飄々体、「賛」のほうは良いとしても「否」の御方々には、多大なる不快感を巻き起こしてしまった模様でありまして、その点では反省しなければなりません。文体にこだわり執着する、などというのは勝負所ではありませんから、次からは脱皮した文章を御目にかけたく思っております。

ともあれ、この書籍ではこの飄々体を採用いたしました事由は、およそ以下のようなものとなっておりますこと、ここにお伝えいたしましょう。
1:飄々たるはぐらかし効果

ふざけて、深刻になりすぎるところをひょいっとはぐらかし、肩すかしをくらわせるような効果も狙いました。真面目すぎること、真剣すぎることは、心をギスギスさせますから。核心に迫るようなところであえて「〜にこそ候へ」などと肩すかし、スルスルっと、拍子抜けさせてしまうようなことを狙いました。
2:減速効果

ごく単純なことを申しますなら、読むスピードが遅くなる。焦って先を急がなくなりますから、心が穏やか、雅びになるかもしれません。

「焦って先を急がなくなるから、心が穏やかになります」
「焦って先を急がなくなりますゆえに、心が穏やかになるのであります」

明らかに、後者のほうが字数が多いぶん、読み飛ばしにくくなりますでしょう。
3:無駄の鎮静効果

「焦りて先を急がずなり候へば、心も穏やかになりこそし候はめ」

などと書きますと、情報をストレートに伝えることにとっては無駄な部分がたくさん含まれます。しかし無駄なもの、役にたたないもの、遊びといたようなものは、心を穏やかに落ち着かせてくれるのです。そういった余白としての無駄が、鎮静効果をもたらすのではないでしょうか。