仏道式イエデ4コマ、第六百六十六回目「つりあいイデオロギー」を、お届け致します。

たかだか、街ゆく恋人たちをぱっと目にするだけでも、私たちの心には余計な計算がはたらきがちなもの。
「あ、男の人も女の人もキレイで、おにあいであることよ」「あれー? 女の人はこんなに美人なのに、男の人は変な顔だねぇ」などと。相手からすると、余計なお世話もいいところ、ですねぇ。
そして、つりあいが取れてないようなら、「お金目当てなのかな?」「話を聞いてあげるのが特別上手でつけこんでいるのかな?」などと、何かしら、つりあいの取れなさを補う要素を勝手に推測する。私は、時にそんな妄想にふける自分に気づくことがあります。いやはや。
このことから分かるのが、私たちの脳には「つりあいが取れてないと気が済まない!キチンとつりあいを取りなさいッ」とばかりに、ものごとを強制的につりあわせようとする、神経質なところがあるってこと。
これは、「○○は××じゃなきゃいけないのであーる」と、自分の意見に頑になる、”見”の煩悩だということが、わかります。
そういうわけで、脳の「つりあい取れてるべきであーる」という命令なんて、さらっと無視して、のんきに生きてゆきたいものです、ね。
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また、これまでの4コマをテーマ別に整理して加筆したものが、著書『
煩悩リセット稽古帖』として出版されております。